あるペンギンの手記

…そこには、とても大きな壁があるのです。壁は地平線の向こうまで続いているように見えるのです。壁の向こうからは、たくさんの大人たちの息遣いが聞こえます。大人のペンギン、大人のキツネ、大人の人間。壁の手前には、子供のペンギンたちや、キツネたちや、人間たちがきれいに一列になって並んでいるのです。


壁にはいろんな形をした穴や隙間があるのです。ペンギンの列の先頭にはペンギンの形をした隙間が。キツネの前にはキツネの形をした割れ目が、人間には人間の形をした穴があって、子供たちは次々とそこを通って、壁の向こうの大人たちの仲間になっていくのが見えました。


僕の並ぶペンギンの列が、少し止まりました、歩みを止めた僕が列の先を見てみると、羽がつかえて通れないペンギンがいました。すると、彼は隙間の脇にある鏡を見て、通れそうな隙間を探して壁伝いに走っていきました。列が前へ進むごとに、そんな隙間を探す様々な生き物たちが僕らの列をすり抜けていくのが見えました。


ところが人間だけは違ったのです。人間はそのきれいに内側を削られたその穴に無理やり身体をねじ込んでいました。壁の向こうからは、その苦痛にゆがんだ顔が見えたことでしょう、うめき声がこちらにまで聞こえてきました。穴の脇には人間が自分の姿を見る鏡もありません。通り抜けられる隙間を探すことなく、彼らはその穴を通ることだけに必死でした。


僕はさらに前に進みます。ペンギンの通る隙間から、壁の向こうがかすかに見えるようになりました。隙間を通り抜けたペンギンやキツネやネコやウサギはみんな大人と楽しそうにしていましたが、人間だけは、壁の向こうで待っていた大人も、たった今通り抜けたばかりであろう子供も、生気のない顔をしていました。


ペキリ、人間の穴のほうで何かが折れるような音がしました。僕は怖くてそちらを見ることが出来ませんでした。パキリ、という音と、一際大きな叫び声が聞こえました。でも僕はもう、一瞬たりともそちらのほうを向くことが出来なかったのです。…