何のオチもないありのまま

まだ発車には数分ある。帰宅時間帯の少し前、人もまばらな車内で、私がメールを打っていると、その二人は電車に乗り込んで来た。一人は小さな男の子。年の頃は五歳くらいと言ったところだろうか。もう一人はおばあちゃん。となると、この子はその孫だろうか。電車に乗ってはしゃぐ子供を優しく諌めると、二人は座席についた。
ところが、その子は座席の場所が気に入らない。理由は私にでも分かる。前が見えないのだ。ここは先頭車両。子供なら、それも男の子ならだれでも運転席やその先にある風景を見たいものだ。その特等席には・・・私が座っていた。
メールを打ちながらもそれとなく察していた私は、感づかれないようにそっと、やはり空いてる向いの席へ移った。あからさまだと気まずいので、また携帯に目を落とす振りをしていると、やはり男の子は、先まで私のいた席に走りより、靴を脱いで座席に立つと、運転席を向いた。その瞬間、男の子の背中しか見えない私にでも分かるくらい、ぱあっと表情が晴れたのが分かった。
やがて電車は走りだす。発車の瞬間に体をもって行かれそうになった男の子は、それでもフロントビューから目を離す事なく、食い入るように見つめていた。男の子の目には、無限に続くかのように見える線路が見えているのだ。
しかし、それは永遠には続かない。二人が電車を降りる駅は近づいてくる。そしてアナウンスが聞こえてくる。
「次は、T町、T町。」
その声を聴いた瞬間に、男の子は現実に戻ってくる。そして、T町、と小さくつぶやくと、座席を降りて、おばあちゃんの元へと戻って行く。
電車が止まる。二人は降りて行く。男の子は運転手に、さよなら、と声をかける。運転者は笑顔で、バイバイ、と返す。発車した電車の中から私は二人が歩いて行くのをいつまでも、いつまでも、見えなくなるまで見ていた。
私が降りる駅は、まだまだ先である。