情報を集める時に

某巨大掲示板の管理人も言っていたことだが、電子掲示板にかかわらず、インターネット上の情報を利用する上で、その真偽を判定する眼が必要になる。普通に考えれば当たり前のことである。私がインターネットというものに触り始めた時にも、”先輩”利用者に言われ続けたし、少し前までは何の疑いもなく(しかし、明確な根拠もはっきりしないまま)このことを信じ続けてきた。疑問を感じ始めたのは、つい最近のことである。
情報を伝達するための媒体はインターネットに限られない。新聞は相変わらず毎日大量に発行されているし、書籍だってまだまだ売れている。テレビだってラジオだってまだ廃れたわけではない。こうして別の媒体に目を向けたとき、その形で我々に届く情報の真偽が保障されているかといわれると、必ずしもそうでないことに気づく。
書籍というものを考えたとき、その内容は、著者の人種、国家、思想に大きく左右される。どれが正解だとは言いにくいが、捏造や誤解が無いとも言えない。さらに良くないのは、滅多なことでは書き直しがされない点である。常に最新の事実や解釈というものが反映されない。最も特徴的なのが、情報量に限りがあることである。お金を出して買うものだから、調べたい事柄に関して全世界の書籍を集めることはできないし、自分が触れることのできる資料が間違っていれば、それで終わりである。一方、インターネットを使えば検索に引っかかった情報をすべて参照できる。おまけに、情報量でいえばほぼ無限である。
結局、どの媒体を使うにしても、真偽を見極めることが必要となるのだ。そう考えると、判断材料がたくさん得られるインターネットが、正しい情報を得やすいのではないかという、奇妙な逆転現象が起こるのである。